孔雀の羽の発色を再現〜構造色を基盤とする次世代インク開発〜

図1 (左図)孔雀の羽と、(右図)人工メラニン粒子を集積して作製した構造色ペレットの写真です。粒子の精密合成で、現在ディスプレイに使用されているほぼ全ての色の構造発色を実現しました。

桑折 道済
Kohri Michinari
大学院工学研究院准教授
専門分野:高分子化学
2007年に東北大学で博士(工学)を取得した後、東北大学 博士研究員、千葉大学 助教を経て、2015年より現職。この間、2005年から日本学術振興会特別研究員(DC2)、2012年にはリヨン第1大学(フランス) 訪問研究員。
主なテーマは、生物にならう表面改質技術・構造色材料の開発と、ランタノイド元素複合高分子の作製と特異機能の創発。主な受賞は、高分子学会三菱ケミカル賞(2018)、千葉大学優秀発明賞(2017, 2016)、ネイチャーインダストリーアワードOSTEC賞(2015)、千葉大学学長賞(2015, 2014)、高分子研究奨励賞(2013)など。

どのような研究内容か?
孔雀の鮮やかな羽の色は、微細構造由来の構造色です。羽の内部では、顆粒状のメラニン(ヒトの髪の一成分でもある黒色物質)が規則的に配列して微細構造が形成されています。この配列に光が当たると、構造色が発現するとともに、メラニンの黒色が余分な散乱光を吸収し、鮮やかな発色となります。
メラニン顆粒は生体内では複雑な酵素反応で合成されるため、人工的に作るのは困難でしたが、私達は最近、メラニン前駆体のドーパミンを重合して得られる黒色の高分子「ポリドーパミン」を、均一な大きさの粒子として得ることに成功しました。この粒子はメラニンとほぼ同じ組成で、ポリドーパミンを素材とする人工メラニン粒子を用いた構造発色をはじめて実現しました。この材料は、独特の光沢の孔雀の羽の発色を、素材/構造ともに模倣した材料です。

何の役に立つ研究なのか?
我々の身の回りの製品は色素色を用いたものが大半です。構造色は、微細構造が維持される限り色褪せることがなく、色素色にはない独特の光沢をもった魅力的な色です。これまでに、構造色を利用した繊維やフィルムなど一部の製品は実用化されていますが、まだまだ少ないのが現状です。本技術は、構造色を基盤とする次世代インク開発につながる研究です。

今後の計画は?
現在、任意の色調の構造色を自由にその場で印字できる、構造色インクジェットの実現に向けた技術開発を行うとともに、人工メラニン粒子の特徴を生かした新しい研究もはじめています。私達の研究で、微細構造制御を伴うメラニンの人工合成が可能となりました。工学的な応用展開に加えて、まだ未解明なことも多い自然界での構造発色メカニズムの解明など、学際的な研究にも取り組みたいと思っています。

関連ウェブサイトへのリンクURL

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介
【主な論文】
・Full-color biomimetic photonic materials with iridescent and non-iridescent structural colors
A. Kawamura, M. Kohri, et al., Scientific Reports, 6, 33984 (2016).
https://www.nature.com/articles/srep33984 (無料で閲覧可)
・バイオミメティックアプローチによるメラニン模倣粒子を基盤とする構造発色材料
桑折道済,Accounts of Materials & Surface Research, 2, 72 (2017).
https://www.hyomen.org/vol2no3(無料で閲覧可)
【主な報道】
・千葉大、PDA黒色粒子だけで構造色発現、合成法を発見・応用、化学工業日報2014.5.28
・千葉大、建材向け、光操るナノ粒子塗装材、日経産業新聞2014.6.13

この研究の「強み」は?
人工メラニン粒子を用いた構造色は、孔雀の羽のような視認性の高い発色が特徴で、従来技術にはない質感を表現することができます。粒子の精密合成による構造色のフルカラー化が可能で、構造色の角度依存性の制御が容易といった特徴もあります。また、人工メラニン粒子は、我々の体の中にある成分とほぼ同じ材料を用いているので、直接肌に触れる化粧品開発などへの応用も期待されます。

研究への意気込みは?
生物は長い進化の過程で優れた機能を獲得してきました。自然界の優れた仕組みを取り入れて材料を作製する手法は「バイオミメティクス(生物規範工学)」と呼ばれ、近年、世界中で様々な研究が行われています。生物は、我々が思いもつかないが、気づいてみるととても合理的な手段で機能を発揮しています。研究開発にあたっては、実際の材料合成に落とし込む工学的手法の開発に加えて、生物の解析が必須です。このため、鳥や昆虫を専門とする生物学者の先生と一緒に研究を進めています。工学と生物学を融合することで、独自の観点から、生物を理解し、生物を超える材料開発を目指します。

学生や若手研究者へのメッセージ
綿密な計画をたてて優れた成果を生み出す研究がある一方で、先人による重要な科学的発展は、往々として偶然のたまものであることが、多くの書物より見ることができます。ここで紹介した研究も、別の実験をしている過程で偶然見つけました。その後本格的に研究をはじめ、論文として発表しました。最近では、私達の論文を引用し、世界中で複数のグループが同様の研究をはじめています。偶然の発見から、小さいながらも新たな学術分野ができつつあります。常日頃の実験の中には、必ず新しい発見が眠っています。発見を見過ごすことなく発展させるには、偶然に加えて観察力と想像力、そして何よりも好奇心が重要です。皆さんも自分だけの発見をしてみませんか?
図2 構造色とは、微細構造に光が当たった際の光の干渉や回折、散乱によって発現する色で、身近な例だと、シャボン玉やCDの裏面の色、また玉虫やモルフォ蝶などの生物の発色が挙げられます。
図3 見る角度によって色が変わる「虹色構造色」と、色がほとんど変わらない「単色構造色」を示すペレットの写真です。ペレットの表面を走査型電子顕微鏡で観察すると、粒子配列が異なることがわかります。
4 インクジェット法で印字した構造色の様子です。より高輝度で多彩な発色の実現を目指して研究開発を進めています。
図5 千葉大学ベンチャービジネスラボラトリーの支援を受けて研究を行っています。2018年3月に刊行された書籍『バイオベンチャーの冒険者たち 千葉大発!世界をアップデートする6人のバイオ研究者』(幻冬舎メディアコンサルティング)の一節を執筆しました。構造色インクの開発秘話が満載です。
https://www.gentosha-book.com/products/9784344916029/