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大学院新入生の皆さんへ

掲載日:2013/04/12

 千葉大学大学院に入学された修士課程、博士課程、専門職学位課程の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんの中には世界のいろいろな国から来ておられる方々、国内でもいろいろな大学から進学した方々、国内ばかりではなく広く世界で活躍された経験を持って入学されている方もおられます。そのような多彩な顔ぶれの存在は大学の真に素晴らしいエネルギッシュな将来を保証するように思われます。そして今、様々な思いを持ってここにおられることと思います。そして将来の夢、これから行おうとする研究への熱い思いが皆さんから私に迫ってくるのを感じ、それを大変頼もしく感じるとともに、そのような皆さんとともに歩むことができることを大変誇りに思います。今日から始まる皆さんの研究があなた方ひとりひとりにとって、納得できるような成果を生み出せるように、すべての意味において研究環境を整えていかねばならないと痛切に感じています。

 研究という作業を通して一つの真実を見出すということには、その研究者の優れた知識や技術に加え、情熱的なアプローチが必須であることは理系文系を問わず誰しもが否定しないところであると思います。歴史的に見ても、技術や考え方の進歩によって極めて顕著な成果を生み出してきました。一方、成果を生みだすという進歩とは別に、研究者の考えやそこまでに得られたある事実からの推測など、人間は未解決なことに対して様々な意見や感情を持つことがあります。推測するということは研究をする者に極めて大切な行為であると思います。しかし、その推測は必ずしも真実と一致するだけではないと思います。しかしその考えや推測がたとえ間違っていても、ある時にはあたかも真実のように語られることもあります。

 このような研究成果とそこからの推測と事実ということについて、研究をするという立場から考えてみたいと思います。病気の原因解明の過程でもいろいろな論争がありました。皆さんもよくご存知と思いますが、脚気という病気は現代ではほとんど診ることはない病気ですが、原因は現在では、ビタミンB1の欠乏によって起こるということは明らかにされており、もし欠乏になっても、ビタミンB1を服用すれば、その病気は治るということも明らかにされています。明治の時代には、ビタミンという微量な生体成分が生体機能を調節するという概念がなく、従って治療法もないという時代がありました。当時は極めて死亡率の高い病気で、国民病ともいうべき位置づけでした。当時、その病気の原因には、学者により細菌などの感染によって起こる感染説や蛋白摂取不足説などがあり、その論争の状況については小説にもなっているぐらい有名であります。もちろん、いろいろな研究がなされ、病気の臨床的な事実やたくさんの患者さんの臨床的な分析などもされました。しかし、その結果は必ずしも全てが科学的に解明できたものではなかったといえるようで、多くの推測が重なりあったと思われていたようであります。本学医学研究院の森 千里教授はこの課題について極めて詳細な調査を行い、その原因解明に至る経過に登場する人たちの行動、特に森鴎外について"鴎外と脚気"という著書にされています。その当時の科学的分析技術の限界もありました。そして、その当時の研究者が置かれていた政治的状況、あるいは職務における義務の内容、境遇、海外からの学問や考え方の輸入状況とその研究に対する評価、時の政治的権力構造などの背景も考慮してこの疾患の原因に迫るという極めて複雑な環境があったことについて、研究者の目から述べられています。脚気の原因究明という課題に取り組んだ様々な人々の様子が書かれていますが、小説家であり科学者でもあった、また行政官でもあった森鴎外のこの研究の取り組みについて書かれています。この病気の原因について書かれたある一つの小説の中では、鴎外は感染説を主張し、蛋白質不足説と対立したというような物語になっているものがあります。その考えが広く流布しているという印象もあります。その事実経過について森千里先生の著書の中で述べられています。それによりますと、原因が不明な混沌とした中で科学的解明手法の少ないその時代の環境もあって、出来るだけ推測の世界を乗り越えようとされたのかもしれませんが、鴎外は"脚気調査会"という会を立ち上げました。その構成はその当時の社会状況から考えて、極めて公平に真実に迫ろうとする姿勢を感じさせるように軍医、大学の教員、伝染病研究所の研究者、開業医などから広く募り、議論することを目指していました。この調査会の成果として、脚気が栄養障害によって起こるものであることを明らかにしました。森鴎外が考えたこの難病に立ち向かう姿勢は、最終的にはこの疾患の予防の樹立を考えていた研究者としての姿勢を感じます。単に状況から推測する原因の追究ということにとどまらず、その時代に出来うる手法を駆使して病気を予防するという人類への貢献を考えた研究を実践したともいえると思います。現代の研究アプローチとは異なりますが、自らの研究が目指そうとしていることに最も重要なことが何であるかをいろいろな要因を検討し、正確にとらえ、それに向かって実践していくことの重要性を示していると思います。またこの問題の解決に多大な貢献をした方に、本学の現在の医学部の出身の都築甚之助という方がおられます。この方は最初、脚気の原因として細菌説を考え、脚気を起こす細菌があるだろうという仮定でいわゆる脚気菌の研究をしましたが、脚気菌を見つけることができず、これを断念しその研究の過程で知った栄養欠乏説を持論とするようになり、糠(こめぬか)に脚気の予防力のあることを見出し、いわゆる臨床研究を行い、この糠成分から薬を作ることに成功し、脚気の予防に多大の貢献をしたことも記されています。現代流に言えば、まさに基礎医学から臨床医学への橋渡しを行うという極めて先駆的な挑戦をしたといえると思います。

 皆さんはこれまでの講義で知識を得るために学んだことがたくさんあると思います。それは多くの場合、ある結論に向かって、そこに到達するように学びが取り揃えられることが多くあったと思います。大切な学びであると思います。研究という作業は、一見して出口の見えない複数のそして必ずしも正しくない道筋が存在することさえあるのが通常と思います。従ってそれが必ず結論にたどりつくという保証のない、そしてそれに対してどこかで自らの考えに、感覚に従って進むときがあると思います。それは結論が設定されている、答えがある講義での学びとは異なり、研究の難しさであり、また醍醐味でもあるのだと思います。皆さんはいろいろな分野で研究が始まるわけですが、それぞれにはそれぞれの特徴があり、同一に語ることはできませんが、未知なるものへ挑戦するという行動は同じであり、そこに研究者としての誇りと本質に迫る姿勢を堅持していただきたいと思います。

 本日は多くのご家族の方々、関係者の方々のご臨席を賜り感謝申し上げます。入学された方々と共に、新たな気持ちで学問への旅たちをします。どうぞ温かく見守っていただくことをお願いして大学院入学生への告辞といたします

平成25年4月12日
千葉大学長 齋藤 康