トラベリングサブジェクト法を用いて注意欠如多動症児における脳構造の特徴を明らかに

2025年09月05日

研究・産学連携

本研究成果のポイント

注意欠如多動症(ADHD)注1の子どもを含む発達障がいの脳画像データを多数集めた脳画像データベース(「子ども脳」データベース)を構築しました。
◆「トラベリングサブジェクト(TS)法注2という新しい手法を用いることで、分析結果の信頼性が向上しました。
◆TS法を用いて、ADHDの子どもと、定型発達児(発達に問題のない子ども)の脳構造を比較したところ、ADHDの子どもは前頭側頭領域を中心に脳の体積が小さくなっていることが明らかになりました。この差異は、従来の方法とは異なる部位で観察され、TS法によってより明瞭に捉えられた可能性があります。

 概要
 注意欠如多動症(ADHD)は、「集中が続かない」「落ち着きがない」「我慢が苦手」などの特徴をもつ発達障がいで、子どもの約7%にみられます。これまでにも、ADHDの子どもの脳構造を調べるMRI注3研究は数多く行われてきましたが、施設によって使われるMRI機器の種類や性能の違いによる測定誤差があるという課題がありました。
 こうした背景を受けて、福井大学子どものこころの発達研究センターの寿秋露特命助教、水野賀史准教授、千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの平野好幸教授、大阪大学大学院連合小児発達学研究科の下野九理子教授らの研究グループは、ADHDの子どもを含むMRIデータを多数集めた「子ども脳」データベース(図A)を構築し、さらに、MRI機器ごとの差を補正する新たな手法である「トラベリングサブジェクト(TS)法」(図B)を導入しました。このTS法を用いて、定型発達児178名とADHD児116名の脳画像を比較したところ、ADHDの子どもでは前頭側頭領域、とくに右の中側頭回で、脳の体積が小さいことが明らかになりました(図C)。
 この差異は、従来の補正方法では必ずしも明確に見られなかった部位であり、TS法を用いることでより信頼性の高い検出が可能になったと考えられます。この成果は、将来的にADHDの早期診断の実現、脳の画像にもとづく客観的な指標(バイオマーカー)の開発、一人ひとりの特性に合わせた個別化医療の推進につながる可能性を持っています。さらに、発達障がいの分野における日本発の研究として、国際的な発信力を高める成果ともいえます。


用語解説
(注1)注意欠如多動症(ADHD):集中力が続かない(不注意)、じっとしていられない(多動性)、思いついた行動をすぐにしてしまう(衝動性)などの特性がみられる発達障がい。
(注2)トラベリングサブジェクト(TS)法:同じ対象者が複数の施設のMRIで撮影されることで、機種による違い(測定バイアス)を統計的に取り除くことができる補正手法。
(注3)MRI(磁気共鳴画像法):磁気を使って体の内部構造を詳しく調べる画像検査装置。脳の構造や機能を非侵襲的に測定できる。

  • 図A:子ども脳データベース  図B:トラベリングサブジェクト(TS)法のイメージ  図C:ADHDにおける脳構造の特徴(各補正法による)

    図A:子ども脳データベース
    図B:トラベリングサブジェクト(TS)法のイメージ
    図C:ADHDにおける脳構造の特徴(各補正法による)