令和4年度千葉大学大学院修了式・学位記授与式 来賓講話
ただいまご紹介いただきました、西川です。
本日、千葉大学大学院修了を迎えられる皆さん、これまでの精進と努力に心からの拍手を贈りたいと思います。また、ご父兄の方々にも、心よりお祝いを申し上げます。おめでとうございます。
私は平成8年に千葉大学自然科学研究科に赴任し、18年間お世話になりました。専門は、物理学と化学の中間領域の物理化学です。学生時代から、理工系を中心とした分野に身を置いてきましたので、物の見方がそちらに偏ることが有るかと思いますが、お許し下さい。
学問の深みを目指し、研究の作法を学ぶのが大学院です。これまで一般に認識されていた大学院生活と、皆さんが経験された大学院生活は大きく異なっていたと思います。皆さんの大学院在籍期間と新型コロナのパンデミックの3年間がちょうど重なっていたからです。本来、指導教員や研究室の仲間と対面で、実験・実習そして議論に明け暮れることが大学院生活で大きなウエイトを占めますが、その多くの機会を奪われてしまったのではないでしょうか?皆さんにおかれても、本道であると思っていた大学院生としての活動を思う存分できなかったことを残念に思っている方も多いのではないかと推察いたします。
しかし、別の角度から今の状況を考えてみると、社会の大きな転換期に在ると申せましょう。まさに、その時期(とき)に皆さんは社会人としてスタートを切ることになります。社会に飛び立つこと自体大変なことであるのに、皆さんは、更に大きな変革のうねりの真只中に飛び立つという時期に遭遇したと申せましょう。この変革の時代をプラスと捉えるか、マイナスと捉えるかは、皆さん次第だと思います。自分の目で見、自分の耳で聞き、そして自分の頭で考えて、この大きな変革の時代をたくましく歩んでいってほしいと心より願っております。
人生経験も少ない私ではありますが皆様に申し上げたいことを二つ述べてみたいと思います。
まず、第一は人との出会いを大切にしてほしいということです。
その時々に、様々な出会いが有ると思います。私自身の経験から申せば、大学及び大学院生の時代に出会った人たちが、最も良き友人や反面教師となって、自身の人生に彩りを添えてくれています。
私が大学に入学したのは、学生運動で全国の大学に変革と混乱の嵐が吹き荒れたときでした。入学早々、ストライキとなり教養学部時代は大学のストライキやロックアウトで、1年近く授業も無く、クラス討論やデモに明け暮れていました。その後、大学の象牙の塔としての終焉や大衆化、そして大学の社会に対する役割の変化等々、物の見方や価値観が大きく変わる契機となりました。皆さんとは別の意味で大きな変革期のスタートラインに立たされたと言えると思います。私の場合は、机に向かっての勉強を最もしなかった世代だったと思いますが、物事に真剣にかつ誠実に取り込むことを学んだと思います。
当時同級生とは、物の見方や考え方が違うと、若者の純粋さで、広角泡を飛ばして議論しました。また、状況が変わる度に連帯もし、反目もしました。そのような青臭い仲間でしたが、付き合いが今でも続いているのはそうした人々で、お互いに最も信頼し影響を及ぼし会える仲間です。様々な知人や友人がいます。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の理事長となった方がいます。世界の化学会を束ねる組織である国際化学連合(IUPAC)の会長まで決まっていましたが、惜しくもそれを逃した方もいます。国際宇宙ステーションの安全規約と環境作りに国際的に活躍した方、若いときの正義感をそのまま持ち続け市民運動を理論的にささえる縁の下の力持ちになっている方、日本のエネルギー問題の解決を信じて原子力発電計画に関わった方、あるいはそれに反対する方、全国の民間企業の工場を回って現場の安全対策に力を注いでいる方、民間企業への就職を潔よしとせず駿台予備校で講師となった方など様々です。大学あるいは大学院生時代に知り合ったこうした方々との交流は私にとっての宝物です。
今、ここに集まり共に巣立っていく仲間が生涯の良き友・仲間になるのではないかと想像しております。皆さんがこれから社会に出ていくと、また新たな出会いがあるでしょう。新しい出会いを期待するのと同時に、若い時に知り合った友人を大事にして下さい。私なりに振り返りますと、若いときに知り合った人たちが、最もバラエティに富んだ領域で活動している人たちです。人一人が経験できることは限られています。多くの知り合いや友人を持つことにより、その方々の経験や生き方を追体験できるわけです。こうした人達に出会える機会が最も多いのが、まさに、大学生・大学院生時代です。これから出来る人とのつながりを含めて、皆さんの年代で知り合った友人を大事にして下さい。このことが、皆さんの人生を豊かにしてくれると思います。
感じ方も考え方も異なる方々と、良好な人間関係を築いていけるのはどうするかが問題になります。その答えの一つは、多様性を認め合うことです。人それぞれが、生きてきた環境と歴史が有り、価値観も違います。お互いのそうした立場の違いを理解していくことが、良い人間関係を続けていく第一歩だと思います。お互いの多様性を認め合い、是非、千葉大学で培った人間関係を大事にしていって下さい。
次にお話したいのは、少数者、マイノリティー、としての生き方です。私自身を例に挙げさせていただきます。女性ということで、私はいつも少数者の範疇に入れられてきました。女性であること、さらに物理化学というとりわけ女性が敬遠する専門分野を選択してきましたので、学会や会議に参加してみると、女性は私一人ということを何回も経験してきました。また、少数者としての差別も受け、それなりに苦労もしてまいりました。
少数者というのは、何もジェンダーに限ったことではありません。男性も、これから、学閥や出身地閥など様々な派閥で、またグローバル化した現代では国籍や宗教や信条によって、少数者となる可能性が出てきます。その際、多数派や上部におもねるのでは無く、自身の矜持を持ち続けていただきたいと思います。自身の矜持を支えるものが何かと考えると、私の場合、『自分は自身がやりたいことを好きだからやっている』という思いだったと思います。仕事そのものが面白い、自分の研究が人類の役に立つ、自分の活動が社会のためになる、あるいは経済的な価値が高い等など、様々なモチベーションが有ると思います。動機は様々でも、「自身の仕事と活動が、自分が好きでやりたいことだ」と心に刻んだら、それをやり通す力になると思います。
今ひとつ私の経験をお話するなら、独自性を活かすことです。私の場合、研究展開において、いつのまにか物の見方、解決方法などに独自性を活かしてきました。自然の真理は一つかもしれませんが、それを明らかにしていく考え方ややり方には個性が出ます。これを活かすことによって、私は研究者として生き残れたと思っております。
皆さんが、自分は少数者だと感じ疎外感を感じた時、自分が本当にやりたいことは何なのかを原点に戻って思い出してほしいと思います。そして、ぜひ自分の個性を活かす方向で前に進んでください。
私の、千葉大学時代の研究室のモットーは『サイエンスを楽しむ』でした。研究結果をすぐに実用化に繋げる、社会に役立たせるという意識はあまり無く、自然が支配している世界の美しさと法則を少しでも知りたいと、研究と教育を続けてまいりました。すぐに役立った例はないのですが、自然の見方やそれを探る方法論を研究室の大学院生の皆さんと共に考え実験で試してまいりました。研究者、エンジニア、あるいは教育者を育ててきたことで少しはお役に立ったかなと思っております。
経験の浅い者の雑駁な話となりましたが、この話がこれから社会に巣立つ皆様の心のどこかに引っかかれば幸いです。皆様がこれから充実した人生を送られる事を心から祈念し、私の話を終わりとさせていただきます。
令和5年3月24日
千葉大学名誉教授・豊田理化学研究所フェロー
西川 惠子